国民の叫び No.47 / 変化し始めた抗議集会

『 サッポロの抗議集会で学んだこと 』

<呟きの経緯>
サッポロで開催された安保法制案の、反対集会呼びかけを知ったのは、六月の最終週だったと思います。
最初は留学経験のある普通の女子大生と云う振れ込みで、髪を少し赤く染め黒っぽい服に身を包んだ、上半身の写真だったと思う。次第に投稿される写真が増え、付随する短いコメントの中に 「 戦争とか、震える 」 との単語が踊っていた。三日ほどの間に賛否両論が激しく行き交い、デモ行進の動画がアップされ、椅子から転げ落ちそうになってしまう。四国の寺に嫁いだ韓国女が、チマチョゴリを靡かせ、阿波踊りに興ずる姿を連想させたからである。

「 あたしはお洒落も遊びも大好き! 自分を沢山表現できるから! 戦争が始まったら、自由が奪われてしまう。大切なひとだって奪われてしまう。Stupid な政治家たちに自由を奪われてたまるか。ぜったい戦争なんかさせない! 絶対に絶対に。」 これは彼女が幾つか主張した内のひとつ。

幼子を抱いた母親や子供と手を繋いだ父親が、満面に笑みを浮かべ誘導者の拍子に合わせ大歓声を上げる。制服の女子高生が颯爽とステップを踏み、沿道に向かって手を振った。これはデモ行進ではなく、テロ行為だと感じました。特に女子大生と称する呼びかけ人のグループは、何処かで誰かの訓練を受けたと思えるくらい、統制が取れていたのです。彼女に纏わり付く様に、左右へ飛んだり跳ねたりしている若い男性は、何処かのデモ行進でも見た様な気がした。
https://www.youtube.com/watch?v=6c04IOM4kFY

次の日だったと思うが、扇動を務めた女子大生がツイッターで、気に入らない男を痴漢の冤罪に仕立て上げたと自慢し、翌日になると、この集会を主催したのは、共産党の関連団体で民青との情報も伝えられた。行進したグループは、米国海兵隊の愛称と同じ SEALs と云い、活動のキャッチ・フレーズが 「 何とかでふるえる 」 だとも知った。同時に集会を指揮した男性の写真が登場し、続いて彼女は女子大生ではなく、札幌の風俗嬢だと云う静止画も出回った。そして、彼女は自分のツイッターを閉じ、札幌から姿を消したとの噂が流れたのです。

この段階に至るまで、私は三種類か四種類を投稿していたが、これは尋常ではないと感じ、次の文章を彼女の悩ましい写真と共に投稿しました。

『 志位委員長にお尋ね 』
もし共産党が、韓国の戦場売春婦を性奴隷だと言い張るならば、先日サッポロで安倍総理を叩き、テロ行進を誘導した彼女も、お金を貰って女の色香を売るお商売らしいから、現代の性奴隷なのでしょうか。それとも・・・・。

<無駄だった試み>

数年前に私は、ホワイト・ハウス関係の知人に協力を得て、米国に建立された 「 慰安婦碑の撤去サイト・http://wh.gov/yrR 」 を立ち上げ、オバマ大統領へ請願する旗振りをやった経験があります。想像を絶する攻撃を受け、ツイッターも三度不通になりましたから、この様な文章を投稿すると、どの様な攻撃を被るかは想像できました。然しながら、どうしても確認して置きたかった。
若い人たちはご存じないだろうが、私が得ている知識では、日本共産党自民党と並ぶ歴史ある政党であり、政策が違うからと云って、真実を捻じ曲げ市井の人を巻き込み、女学生にまであらぬ言葉を喚かせ、時の政府に敵対する様な行動を、見せたことは無かったからだ。ツイッター上の情報が嘘ならば、公式なコメントが聞けるだろうし、流れている情報が真実に近ければ、猛反撃を受けるだろう。国民として、真実か否かを自分の眼で確かめたかった。それが義務だとも自分に言い聞かせた。

「 何故ならば、共産党は現行憲法に反対した唯一の政党だったからだ。護憲派が云う処の平和憲法制定時に、猛反対したのが他ならない共産党です。1970年代から2000年代に掛け、三度ほど解釈を変更し、後に綱領を改定し真逆の護憲派となった経緯がある。これが意味することは、時代の流れに適応させたと考えて良いと思う。」

再び賛否両論が寄せられ、両者とも前回のコメントよりヒート・アップした激しいものでした。攻撃側の殆どは、わたし用にアカウントを作ったと思われ、態々ブロックまでした上で、聞くに堪えないご意見が寄せられた。四名か五名の人は、ブロックしてありませんでした。私は全ての人に返礼と私信を送ったが、彼等も中々巧妙で、行き詰まると別の仲間に変わり、入れ替わり立ち代わり、素晴らしい論法を持ち出し、女子大生と称する風俗嬢の権利を楯に、自分達の言動を正当化し様と努力しております。

私達の年代もそれなりの苦汁を味わい、敗戦後の七十年間を生きて来たからには、例え売春婦であっても人権もあれば、言論の自由も与えられている事は存じている。他人の考えに苦言を呈することも良いし、激しい行動を用いて抗議攻撃することも、殊更に文句を付ける心算はない。然しながら、自分が気に入らないからと、事実を捻じ曲げ他人を罪人に仕立てることは間違っている。増してや、都合が悪くなったから逃げ出すとか、反論されると五月蠅いので、ブロックしてから悪態造言を浴びせるなどは、最も恥ずべき行為だと考える。
その理由は、彼女は自身の行動すべてを偽りだったと肯定したに等しく、ブロックする行為は、自分の言動が間違っていると、己で認めたことを意味するからだ。
ある反撃者の若者から、「 戦争に行かされるのは俺達だ。お前は爺だから関係ない。黙まっていろ 」 と罵られた。怒りの感情が炸裂する前に、この若者を可愛そうだと思った。
私は赤子のとき東京大空襲に遭遇し、父親は米軍の戦闘機に撃ち殺され、母親の背中にしがみ付き、静岡の田舎へ逃げ延びた。父親が経営していた製材工場、二軒の長屋と住まいの跡地は、朝鮮進駐軍によって盗み取られた経験を持つ。父親に限らず多くの一般人が殺害され、戦地では何百万もの尊い命が失われ、その犠牲の基に現在の日本が有り、平和な暮らしが保たれているのだが、私を罵倒した若者に限らず、集会で気勢を上げている人達は、大東亜戦争の意義どころか、戦争があったことすら知らないのではなかろうか。

<本当に平和憲法なのか>
私は純粋な護憲派でも改憲派でもない。分類するとしたら修正論者だと思う。憲法に限らず人間の作り出すものに、完璧な作品など有ろうはずがないと考えている。有形でも無形でも同じだか、試して見ないと良し悪しは解らない。また、時代によっては良し悪しの価値感が逆転する場合だってあるだろう。だからその時々に適応する様に、修正することが賢い方法だと思うのです。歪みが生じたら速やかに直せば良い。当たり前のことではないのか。反対デモのスローガンは、「 平和憲法を守れ、九条が平和を齎す 」であるらしいが、もし本当にそうであるならば、こんなに素晴らしいことは他にないでしょう。

しかし、平和憲法が敗戦後の七十年間を守り抜き、今の日本があるのだろうか。とんでもない誤解であり妄想であり捏造である。平和に見える今の日本が存在するのは、英霊になられた皆様の犠牲と、ふたつの化学爆弾に腰を砕かれなかった、真の大和民族の末裔達が、隣国や米国の嫌がらせを堪え忍び、我慢に我慢を重ね、理不尽極まりない戦勝国憲法を、厳守したからに他ならない。

戦勝国に取っての押し付け憲法は、日本を縛るには誠に優れた掟だろうが、真の日本国民にして見れば、これ程に不平等で尊厳まで無視された憲法は他に類がない。現憲法違憲でありましょう。何故ならば、九条を考えて見れば小学生にも解る筈です。武力も交戦権も全て取り上げられ、我が国は達磨さんの筈が、現実には米国と肩を並べるくらいの陸海空が存在する。間違いなく違憲である。

偉い法律学者は、個別的自衛権は認められていると仰る。そうかも知れませんね。では、日本海に面したある浜辺で、若い女性が攫われ様としていた。勿論、彼女は自力で逃げおおせる訳がない。近くに居合わせた漁師の若者が助けようと手を貸す。これも個別的自衛権だと言えるのでしょうか。私は違うと思う。
平和憲法は、理想論としては素晴らしいし、これまでは国民の努力で、何とか戦争に引き込まれずに済んだけど、世界中が新自由主義とかグローバルだと騒がしくなった現在、日本だけが平和の念仏を唱えても、先ず隣国が見逃してはくれないでしょう。

その証拠は、未だに続く捏造慰安婦物語であり、創作南京大虐殺でありましょうし、北朝鮮に拉致された数百人とも言われる人達は、我々の同胞ではないのかと云いたい。前韓国大統領の竹島密入国天皇陛下への愚弄、支那尖閣諸島領海侵犯、小笠原のサンゴ強盗など、これでも安心安全と強弁できるのだろうか。離島の漁師さんは、海保に阻止され漁に出ることも適わないと聞きおよびます。
そればかりか、年金にしても生活保護や健康保険にしても、在日外国人は国民より優遇され、保険金からあらゆる税に至るまで、ゼロに等しいと言われる。国会では異民族議員が日本の国防に口を挟み、集団的自衛権に反対を唱えるし、世界遺産の会議では、韓国に対し河野談話に勝るとも劣らぬ妥協を示した。とても独立国家とは言えない。平和国家などとは程遠いのではないか。これらの敵対国や日本を売る様な動きをする人達が後を絶たないのは、彼等こそが平和憲法に守られているからだし、この憲法が存在する限り、日本に対しては何をやっても罰せられないことを、彼等は敗戦後の七十年間で身に付けてしまった。

だから激しい反論の渦が巻き上がるのです。国会で政府に喰い付く勢力は、日本がこれ以上に強くなっては困る人達であり、国際会議で国の正当性を論じない役人も、日本の没落を望む反日分子に違いなく、その人種を支える官僚達も日本国の進化を、決して望まない類だろう。
義務教育の現場でも教え子を相手に、「 憲法改正は若者を戦場に送ることが目的だ。先生は可愛い教え子の君達を戦争で失いたくない 」 と、臭い芝居まで演じる教師がいると聞く。私を冒涜した若者を可愛そうだと感じた由縁である。
しかし、この人達は大きな勘違いをしています。我が国が崩壊すれば自分達に富と自由が転がり込むと思っているらしいが、日本が衰退すると云うことは、己の地位を失うことを意味する。自分達だけは大丈夫だと自惚れても、世界はそんなに甘くは無い筈だ。純粋な大和民族が消滅した日本など、誰も真面に相手などしないだろうし、彼等自身で今の繁栄を保つ事など夢のまた夢です。それ処か同類の騙し合いが内戦に発展し、気が付いたら、何処かの国の植民地にされているのが関の山でしょう。

「 一人善がりの仇花たちよ、信仰熱きチベットを見よ、平和を願うウイグルを見よ、彼等に足りぬ物がありせば、偽善を拒む強き心だ 」

<変わりゆく風と波と雲>
兎に角、最近のデモ行進を眺めていると、天皇陛下や時の総理大臣のポスターにバツ印を付けたり、総理の顔写真を太鼓に貼り付け、スティックで叩きまくり、チンドン芸を披露する議員が現れた。異民族と思われる人達まで、天皇制は不要だとか、安倍死ねなどと叫んでいる。大和の国ニッポンは、二千数百年に渡り天皇家を心の支えとし、民族の平和と繁栄を守り続け今に至った。
現在の天皇陛下は日本国の象徴であり、他民族から賛否を口にされるべき、ご存在では有りませんし、在ってはならない事だ。また、安倍氏に限らず時の総理大臣は、国民が選挙で選んだ代議員の頭であるからにして、国民の頭領でもあります。否なら、他候補の票を重ね合わせたりせずに、正々堂々と公明な選挙で勝ち抜くしか方法は無いのです。

幾ら表現の自由だからと云って、風俗嬢を女子大生に仕立てたり、国会前の集会では安保法制の賛成者に、殺すぞとの脅迫が飛び出す様では、とても言論の自由とか、集会の自由などと云うレベルではないだろう。増してや、これらの事が組織によって行われていたとしたら、もはやテロ行為であると思うのは、強ち私だけではない筈だ。賛成も反対も国を思っての行為と信じて来たけれど、その希望が年を追う毎に萎んで行く。二千数百年の歴史を刻む大和民族も、世界の濁流に流されてしまうのかと思うと、寂しい限りであります。

<参考資料>共産党≒SEALDs≒朝日の証明 https://samurai20.jp/2015/07/sealds/

追記・私と二日間に渡って議論を交わした、うーむ @rrc54259 さんと仰る真面目な方が、ツイッターを閉じ姿を消したと言われる、札幌デモの呼びかけ人を心配し、何度もお店の所在を訪ねられました。残念ながら私も、ツイッターで得た情報しか存じ上げないので、何方かお知り合いの方は、是非とも教えて上げて下さい。宜しくお願い致します。

晩節の涙